南獄4.1

憧れの米国駐在第2章

犬と末子

もう何年も前に死んでしまったが、実家で犬を飼っていた(便宜上これをタロウと呼ぶ)。
生まれたばかりのときに近所からもらってきて、躾の担当は主に私であった。生長後も比
較的よく面倒を見ていたということもあり、タロウは家族でも私を最も敬愛していた。大
学生、社会人となり実家から離れた後も、たまに帰ると私の帰宅を喜び、滞在中はうっと
うしいほど寄り添ってきた。

ところで、飼犬はその家で下から2番目と自分を位置づけるという。長子だった私には弟が
一人いて、彼が実家では末子となるわけだが、やはりタロウは明らかに自分より下に位置
づけていた。例えば雪が積もったある日、タロウを庭に放すと、はしゃぎすぎたのか滑っ
て積もった雪に埋まってしまった。弟がそれを笑ったところ烈火のごとく怒り、危険を感
じ一目散に逃げた弟を全速力で追いかけていた。そんな弟を私は「犬に舐められるとは情
けないヤツ」と嘲笑していた。

妻の実家でもまた、犬を飼っていた(便宜上これをペロと呼ぶ)。ペロは前述のタロウよ
りも二周りほど大きく、体重は30キロほどもあった。ペロは利口な犬で、一度義父との散
歩に同行したときには、義父の歩行ペースにきちっとあわせて歩き、常に横にピタリとつ
いていた。

これは気性のいい犬だ、と高をくくり、一度妻と私の二人で散歩に連れて行ったことがあ
る。ところが首輪に縄をつないだ時点から明らかに態度がおかしい。フン、とだるそうに
のそのそと歩き出す。まるでおまえらを散歩に連れて行ってやるとでもいわんばかりだ。
かと思えばその巨体をフルに活用し、自分の行きたいところへ引っ張りまわす。こちらが
抵抗し規定のコースに戻そうとすると、今度はゴロンと寝そべってもう動かんもんね、と
不貞腐れたりしてとにかく言うことを聞かない。

おい一体どうなっている、この前と全然違うぞ、と妻を見ると死んだ魚のような目。どこ
かで見たことのある種類だ。「私、末っ子だから下に見られてるんだよねぇ」。そう、弟
と同じ、状況を打開することをあきらめ、受け入れる目であった。そして私はその末子が
連れてきた相手だから、当然言うことを聞く必要などないわけである。ペロ側の理屈で言
えば。

私にとっては初めて経験する末子扱い。これは結構な屈辱だ。そうかかつて弟はこういう
気分を味わっていたのか。2匹とも今はもうこの世にない。ただ何年かたった今でも、たま
にふと思い出す。